2026年10月26日、将棋界に歴史的なニュースが飛び込んできました。
女流四冠の西山朋佳さんが、女性として初めて「棋士」になることを決断したのです。
2027年4月1日付でフリークラス四段に編入することが決まり、将棋界に新たな歴史が刻まれようとしています。
ところで、こんな疑問を持った方もいるのではないでしょうか。
「西山朋佳さんは、なぜ女性初の棋士になれたの?」
「これまで誰が西山さんを支えてきたの?」
実は西山さん、過去に2度も棋士への道をあと一歩で逃していたんです。
それでも挑戦を続けてきた背景には、幼い頃から見守ってきた師匠や家族、励まし合える友人たちの存在がありました。
今回は、西山朋佳さんが女性初の棋士になれた理由と、長年の挑戦を支えた人々とのエピソードについて調べてみました。
西山朋佳はなぜ女性初の棋士になれた?
西山朋佳さんが女性初の棋士になる道を開いた理由は、日本将棋連盟が2025年に新しい制度を導入したことです。
そもそも将棋界には「棋士」と「女流棋士」という、異なる制度があります。
これまで棋士になるには、主に奨励会の三段リーグを突破するか、公式戦で一定の成績を収めて棋士編入試験に合格する必要がありました。
しかし、2025年6月に新たな道が開かれました。
それが、女流タイトル「白玲」を通算5期獲得した女流棋士に、フリークラスへの棋士編入資格を与える制度です。
西山さんは2026年10月10日、第6期白玲戦で福間香奈女流四冠を破り、タイトルを防衛。
これにより白玲通算5期を達成し、「クイーン白玲」の称号と棋士編入資格を獲得しました。
そして10月26日の記者会見で、編入資格を行使することを表明したのです。
新制度ができたからこそ実現した今回の快挙。
しかし、それ以上に注目したいのは、西山さんが長年にわたって積み重ねてきた努力ではないでしょうか。
西山朋佳を支えた師匠・伊藤博文七段とは?
西山朋佳さんの師匠は、伊藤博文七段です。
西山さんが小学生の頃から将棋を指導し、その成長を見守ってきた人物です。
2026年10月10日、西山さんが白玲通算5期を達成した際には、師匠も喜びを語っています。
伊藤七段によると、西山さんは子どもの頃からとても負けず嫌いだったそうです。
将棋だけでなく、ほかのゲームでもいつも全力。
ところが、自分より小さな子どもには勝ちを譲る優しさも持ち合わせていたといいます。
勝負には妥協しないけれど、人への思いやりも忘れない。
そんな西山さんの人柄が伝わってくるエピソードですね。
長年の指導を続けてきた伊藤七段は、弟子が棋士編入資格を獲得したことについて、師匠として感無量だと語っています。
子どもの頃から知っている弟子が、ついに将棋界の歴史を変える存在になる。
その喜びは、きっと特別なものだったのではないでしょうか。
西山朋佳を励ました大学時代の友人たち
西山朋佳さんにとって、大学時代に出会った友人たちも大切な存在です。
2025年に公開されたリコーの公式インタビューでは、大学進学が人生の大きな転機になったことを語っています。
将棋と大学生活を両立できるのか、不安もあったという西山さん。
それでも進学を決め、大学では自分とは違う世界で頑張る学生たちと出会いました。
そして、大学時代にできた友人とは、卒業後も交流が続いているそうです。
西山さんは、今でも励まし合える友人関係を築けたことを「大きな財産」と表現しています。
将棋という厳しい勝負の世界で生きる西山さんにとって、違う分野で努力する友人たちの姿は、刺激になっているのかもしれませんね。
今回の棋士編入の決断について、特定の友人が直接背中を押したという発言までは確認できていません。
それでも、長年にわたって励まし合える友人がいることは、西山さんにとって心強いことなのではないでしょうか。
西山朋佳の家族の支えとは?
西山朋佳さんが将棋を始めたきっかけには、家族の存在がありました。
実は、西山さんの家族には、もう一人プロの勝負師がいるんです。
父親と姉が将棋を始めるきっかけだった!
西山朋佳さんが将棋を始めたのは5歳の頃。
本人が過去のインタビューで語ったところによると、父親と姉が将棋を指している姿を見て、興味を持ったと聞いているそうです。
しかも、当時は紙で作った駒を使って遊んでいたのだとか。
何気ない家族の遊びが、将来の女性初の棋士につながるきっかけになったとは驚きですね。
その後、小学1年生の頃から地元の将棋教室に通い始めます。
将棋の技術だけでなく、礼儀作法や勝負に向き合う姿勢も学んだそうです。
幼い頃から将棋に親しめる環境があったことも、西山さんの成長につながったのでしょう。
姉・西山静佳もプロの囲碁棋士!
西山朋佳さんには、3学年上の姉・西山静佳さんがいます。
静佳さんは、関西棋院に所属するプロの囲碁棋士です。
姉は囲碁、妹は将棋。
同じ盤上の競技でも、それぞれ違う道を選んだ姉妹なんですね。
幼い頃には父親と将棋を指していたという姉の静佳さん。
その姿を見て興味を持った妹が、やがて将棋界の歴史を変える存在になるとは、家族も想像していなかったかもしれません。
それぞれの世界で努力を続ける姉妹の姿が、とても印象的です。
西山朋佳が乗り越えた2度の挫折とは?
今回の快挙を知って、特に驚いたのが、西山さんが過去に2度も棋士になるチャンスを逃していたことです。
2020年の三段リーグではあと一歩届かず
西山さんは2010年に奨励会へ入会し、2015年には三段に昇段しました。
そして2019年度後期の三段リーグでは、14勝4敗という好成績を残します。
しかし、同じ成績の3人が並び、順位の差によって西山さんは3位に。
四段に昇段できるのは上位2人だったため、棋士になることはできませんでした。
あと一歩のところまで迫りながら、夢には届かなかったのです。
その後、2021年に奨励会を退会し、女流棋士へ転向しました。
2025年の棋士編入試験でもあと1勝!
女流棋士になってからも、西山さんは棋士になる夢を諦めていませんでした。
公式戦で好成績を収め、2024年9月から棋士編入試験に挑戦します。
試験は5番勝負で、3勝すれば合格という仕組みです。
ところが、結果は2勝3敗。
またしても、あと1勝というところで棋士になる夢はかないませんでした。
2度も目の前まで来た夢を逃す。
それでも西山さんは挑戦を続けました。
そして2026年、白玲通算5期という実績によって、新たな道を切り開いたのです。
この経歴を知ると、今回のニュースがより特別なものに感じられますね。
西山朋佳が棋士になる決断をした理由は?
2026年10月26日、西山朋佳さんは東京の将棋会館で記者会見を開き、棋士編入資格を行使することを表明しました。
今回の決断について、西山さんは、さらに強い相手と戦い、上を目指したいという思いを語っています。
実は、10月10日に編入資格を獲得した時点では、すぐに決断していませんでした。
白玲戦の対局に集中していたこともあり、落ち着いて考えたいとして、態度を保留していたのです。
そして申請期限となる10月26日、新しい挑戦への決意を明らかにしました。
西山さんは2027年4月1日付で、フリークラス四段に編入する予定です。
今後は棋士としての公式戦に加え、女流タイトル戦にも引き続き参加する意向を示しています。
すでに女流棋界で数々のタイトルを獲得している西山さん。
それでも、さらに強い相手と戦いたいと考えているところに、勝負師としての向上心を感じます。
これからの挑戦にも注目したいですね。
まとめ
今回は、西山朋佳さんが女性初の棋士になれる理由や、師匠・友人・家族とのエピソード、過去の挫折について紹介しました。
西山さんが棋士への道を切り開くまでには、長い挑戦の歴史がありました。
- 2025年に白玲通算5期で棋士編入資格が得られる新制度が導入された
- 2026年10月10日に白玲通算5期を達成した
- 師匠の伊藤博文七段が小学生の頃から成長を見守ってきた
- 大学時代には今も励まし合える大切な友人たちと出会った
- 父親と姉の影響で将棋を始めた
- 三段リーグと棋士編入試験で、2度もあと一歩のところまで迫っていた
今回のニュースをきっかけに西山さんの歩みを知り、何度も挑戦を続けてきたことが印象に残りました。
家族との何気ない将棋遊びから始まり、師匠の指導を受け、多くの経験を積み重ねてきた西山さん。
2027年4月からは、女性初の棋士として新たな挑戦が始まります。
これからどんな活躍を見せてくれるのか、楽しみですね。




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